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2018-03-25

by kikoko

土日終わるの早いな、いつものことながら。

そうなのよ、先週は水曜日がお休みだったから早く感じたんだもんねえ。


年間休日が105日?ぐらいしかないから、用は月に9日程度の休みしか無いってヤツ。

もっと休み欲しいよねえ。


どうやら、ウチの会社はどんどん人は辞めていくけれど
人が入ってこないという状況に陥っているらしい。

今年に入ってすでに2人辞めちゃってるというね。


新卒は取ってないから、入ってくる人は常に中途。
面接に何時間もかけ、提出課題の精査にも時間をかけて、その上で入社するかを本人と確認する。
そうしてやっと入ってきた人も、辞める。
個性的過ぎるメンバーとの衝突、社長の言葉のキツさ、成果物のクオリティに関する認識の違い、、


「会社は学校ではない」って言葉を見たり聞いたりする中で、
たしかに学校ではないと思うことがある。

ポジティブな側面だけを言えば、辞めるのが自由というところだろうか。
義務教育でもなければ、単位なども無い。
ある程度引き継ぎなどに掛かる時間を考慮に入れた上で辞める期日を伝えれば、辞めることが出来る。


Twitterを見ていると、そうではない現実にあふれているが....。
少なくともウチ会社ではそうではないように見える。
問題なのは会社ではなくて辞める本人が辞めるという意志を出しきれてないことにあるようにさえ見える。

要は「辞めます」と言いさえすればトントン拍子に進むということだ。



残った人間のことを考えても仕方がないし、
会社を去ったあとにされるかもしれない噂話を憂いても仕方がないし、
好きだった上司のことを悩んでも仕方がない。

何もかもが仕方がない。


仕方がなくないのは、辞める原因の一番の理由がストレスである場合に
辞めることに対して悩むことが本当にその人を追い詰めてしまうことだ。


「辞める」「ドロップアウトする」「諦める」「途中で抜ける」などの、言葉を忌避するきらいのある人はいると思う。そしてそういう人は往々にして責任感が非常に強かったりするだろう。
もしかしたら、中学生のときに学級委員長になってたりするかもしれない。

そういう人は極端に「辞める」ということに理由と正当性を求めたがる。

辞めるのが自分であることを忘れているかのごとく、自分のことの一切を棚に上げて他人への影響を語りたがる。自分と向き合おうとは一切しない。他人を心配する様は、傍から見ると美しいが、実際は問題のすべてから目をそらすことに全力を注ごうとしているだけなのである。
他人への影響を案ずるのであれば、人は社会では生きてはいけない。基本的に人間は生きているだけで誰かに迷惑をかけている。コーヒーを飲んで汚れたコップを洗うのだってそうだ。自分が洗ってる間、他の人は洗えない。満員電車に乗り込めば、どうしてもその便に乗りたかった人が乗れなくなるかもしれない。
ありとあらゆるIFがあるが、結局どれもこれも気にしてしまえば全く動けなくなる。
だけど人はそこには目を向けない。都合の良い生き物だからだ。


「継続は力なり」と小さなころから叩き込まれた。

「石の上にも三年」とか。そういうことばかり教わった。

「辞める」=「逃げ」だった。


「逃げ」=「情けない、恥ずべきこと」だった。

「逃げ」=「社会人として生きていけない」だった。


もっと早くに気づいていれば、もっと楽に生きれただろうなと思うことがある。

「逃げ」も「情けない」も「恥ずべきこと」も「社会人として生きていけない」も、
何もかもが他人から見た自分の評価であることだ。

そう、そこに「自分の意見、意思」は存在しない。

「自分が何をしたいか」にフォーカスすることを許さない風潮がそこにはあった。
そして、それはそういう環境の外に身を置いても身体に染み付いてしまって消えてくれない。
「人は見た目が9割」というのも、そういう「自分」にフォーカスを向けないでいいような環境づくりに一役買ってるんだろうなと思う。思考停止状態に陥るように持っていってるのかなとさえ思う。他人からの評価さえ気にしてれば良いと思わせるように、まるで皆が皆して一緒に向かわせてるかのように。


話を戻そう。


今まで続けてきたことを辞める。

どうか、それは逃げではないことを今一度考えてほしいと思う。


「自分の決断」が必要とされる場面において他人に頼ってしまうということは往々にしてある。

そこにつけ込んで信頼を得て、男女の関係に持っていこうとする人間がいることも確かだと思う。
俺が、私がいないとあなたはクズ人間だと思わせるような人だっている。


自分も、そういう人間の心理状態を狙って取り入ったことがある。
本当に、本当にあっさりとなし崩し的な関係になることができてしまった過去がある。
誰が後悔するかって、間違いなくその人自身であって、人の心に取り入ろうとした人間ではない。男が女に下心丸出しで近づいて、何がしたいかと言えば間違いなくセックスぐらいなものだろう。そんなゲスな輩のむき出しの欲望でさえ、「自分」を持てない人にとっては精神的支柱となり得る。

そう考えると、信頼関係というのは、かなり一方的なものなのかも知れない。



ふう。。。
冷え性つらい(´;ω;`)



kikoko
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