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意志と夢

by kikoko

11月13日が始まって一時間と半が過ぎた。

このブログはまさしくその時間から書かれ始めている。


今日は月曜日。
昨日までの休日は終了し、また一週間が始まった。


つまり、夜更かしをしているわけだ。


最近、夢の内容の記録を付け始めた。
気まぐれだから、続かないかもしれないけれどね...。

記録を付けていると、夢には傾向があることが分かってきた。


意思の反映と代償

夢というのは、それを思い出すとき、自分は第三者として傍観している場合が多い。

たとえば昔の恋人と出会ったり、知らない土地に旅行に行ったりするようなとき、たしかに行動しているのは自分だけれどそれは自分であって自分ではない感覚がそこにはある。大量のゴキブリから逃げるときでさえもだ。


というより、夢というのは全てそうであるものだと思っていた。だから、現実には起こり得ないことが夢では許されると思っているし、いわんや夢の中の、いわば制御ができない自分は現実世界の自分とどんなに異なっているんだろうと興味がある部分でもある。

ところが最近、夢の中にいる自分に対して意志を反映できる場面が多くなってきているのだ。

目の前に、昔自分のことをいじめていた男がいた。


突然の再会。ふつふつと湧き上がる怒り。ぼくは夢の中にいる。

だけど、ぼくは確かに夢の中に居た。

ぼくの意識はその夢の中の自分の中にあって、たしかに命令したのだ。
『あいつを殴れ』と。


その言葉の通り、ぼくは自分の意志でそいつを殴った。
無抵抗な相手をひたすら殴り続けた。
夢の中だからか、痛さはなく、殴っているのに相手の顔すらちゃんと見えない。


そんな感じに、ぼくはぼくの意志で夢の中の自分をコントロールしたことになる。


その一方で、ぼくの意志が介入したときの夢では、ぼくは身体の一部が機能しなくなる。
先述のいじめっ子を殴った夢のときは、いじめっ子を殴った方とは反対側の腕は全く自由が効かなかった。

別に痛みはなかった。
ただ、全く動かせなかった。


毎日そういう夢を見るわけではない。


でも、たしかにそういう夢を見る。


もしかしたら、夢の中に自分が介入しているように、
知らずの内に現実世界の自分は夢の中の自分に介入されたりしてるのかもしれないな。


あり... もう2時だ...
寝よ。

良い夢が見たいなあ。


kikoko
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